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【自分語り】過去編(2) 厨二まで

2011⁄09⁄21(水) 01:11
こんばんわ。

さて、大好評()の過去編第2回です。


中学時代。
記憶が少しはっきりしてきたという意味で、
やっと物心ついてきたかなぁという感じです(笑)。

中1の頃は自作のファンタジー?小説を書いていたという黒歴史以外はそれなりにまっとうだったと思う(爆)。
中2時分はMTGにはまっていました。
始めた当時が第5版やテンペストの頃だった気がする。

うん。だんだんヲタ臭くなってまいりました。

前回のエントリーで東海地方に住んでいたのが小6~中2と書いたかと思いますが、この生活にも終わりがきます。予想もしていなかった理由で。


それは、両親の不仲による別居のためです。もう正確な時期は覚えていないですが、いつからか完全に家庭内別居という状況が続いていた。
きっかけがなんだったのかは知らない。

最後は酔った父と母が大喧嘩⇒父方の両親がウチまで来る⇒話し合いの結果『別居』という結論に

当然どちらに付いていくのかという話になるのだが、2歳年下の弟と共に母親の元にいくことにした。どちらに付いていくかの最終的な意思決定はさせて貰った記憶がある。だが、母親の稼ぎだけでは、家族3人で今の地域に暮らしていくのは大変ということで、母方の実家へ引っ越すことになった。

このときは少し惨めな気がして友人たちに引越しの本当の理由は言えず仕舞いだったと思う。
(まぁ、未だに現実世界でこの話題をべらべら話すことはないですが。
個人的にはもう納得しているので特別不幸だったという認識もないのですが、
そう思ってくれない人もいるのでめんどくさいですし、なにより不幸自慢っぽいところがイヤなので)


たぶんこのときの両親に対する気持ちはこんな感じだったと思う。
3対1の一方的な話し合いの中、子供二人を守った母に感謝。
大人になってまで親同伴じゃないと別居もできない父に幻滅。

別れの日、父親は無視したったwww
というか何を話せばいいのか分からなかった。

正直、父親に付いていけばお金に困ることはないだろうし、
若いママができる可能性もゼロではないので一瞬迷ったが(おい)、
生活力という現実的な問題と心情的にも母を放っておけなかったこともあり母に付いていくことにした。我ながらほんと下衆すぎてワロエナイ。


少し先のことを語ると両親のこの状況に関しては今も変化がない。
個人的にはやり直す気がないのなら、さっさと離婚してお互い新しい人生を歩めばいいのにと思うのだが、子供の姓(父方)と変わることが母親としては嫌らしく平行線のまま今に至る。というか、別居後ほぼ連絡を取っていないようだ。

あまり意識したことはないが、こう文字にしてみると、やはり、この思春期の出来事が私の価値観形成に大きな影響を与えていたんだろうなと感じた。

つづく

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